治療法2(骨を増やして埋入する)
上顎洞挙上術(サイナスリフト・ソケットリフト)
上顎臼歯部(上顎の奥歯)には上顎洞という空洞が存在するために、ほとんどの症例において骨量は少なくなっています。上顎の骨は下顎に比べて軟らかいので、歯が抜けると急速に骨吸収をおこし、骨量は減っていきます。インプラント埋入の時には、骨が足りなくなっているのです。
このような場合のインプラント埋入には工夫が必要であり、手術の難易度は高くなります。手術方法には、上顎洞底部に骨を造成する「上顎洞挙上術(サイナスリフト、ソケットリフト)」と、骨が少ない場所を避けインプラントを斜めに埋入する「傾斜インプラント」があります。
ここでは、「上顎洞挙上術(サイナスリフト、ソケットリフト)」について説明します。
上顎洞挙上術とは
上顎洞底部に骨を移植・造成する方法を「上顎洞挙上術」とよびます。
骨の残存量が非常に少なく、インプラントの同時埋入が不可能な場合は、上顎洞挙上術をまず行い、6~9ヶ月後にインプラントを埋入します。(段階法)
ある程度骨が残存し、インプラントを残存骨に固定できる場合は、上顎洞挙上術と同時にインプラントを埋入できます。(同時埋入法)
手術法は、サイナスリフト(側方アプローチ)とソケットリフト(歯槽頂上アプローチ)の二通りです。
手術方法 | 適応症 | 利点 | 欠点 | |
---|---|---|---|---|
サイナスリフト | 上顎洞側壁を開洞する
(横から) |
洞底残存骨5mm以下 (残った骨が少ないとき) | 骨造成が多くできる。目視で確認しながら手術できる。 | 手術の難易度が高い。 |
ソケットリフト
(オステオトームテクニック) |
歯槽頂上から挙上する(下から) | 洞底残存骨5mm以上(残った骨が多いとき) | 低侵襲で手術できる。手術が容易。 | 骨造成量は少ない。手探りの手術のため、術野を確認できない。 |
サイナスリフト症例1、2
患者は、右上の臼歯3本(右上654)を失っていた。 | |
X線撮影をおこなうと、上顎洞底の残存骨は5mm以下であった。
ソケットリフトでは十分な骨造成が期待できないので、サイナスリフトによる上顎洞の骨造成を計画した。 |
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全層弁で歯肉剥離、側方から上顎洞を開洞、シュナイダー膜を洞内の骨面から剥離した。 | |
患者の呼吸に伴い、シュナイダー膜は上下に運動する。 | |
骨補填材を上顎洞内に填入した。 | |
吸収性メンブレンで骨補填材がもれないように被覆し、タックピンでメンブレンを固定した。 | |
通法通り、3本のインプラント(ノーベルリプレイス13mm)を埋入した。 | |
術後のX線写真:上顎洞を15mm程度挙上、同時に3本のインプラントを埋入している。 | |
術後の口腔内写真(頬側から):6ヶ月待時し、2次手術、3本の上部構造を取付けた。 | |
術後の口腔内写真(咬合面から):6ヶ月待時し、2次手術、3本の上部構造を取付けた。 |
サイナスリフト症例2 (インプラント段階埋入法)
患者は、左上4本の永久歯(左上2345)が先天的に欠損していた。
左上乳犬歯(左上C)は、先天欠損の左上側切歯(左上2)の代行をしていた。 |
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左上第一乳臼歯(D)は、大きな虫歯のため保存不能であり、抜歯した。
上顎洞底の残存骨は、わずか1mm程度であったので、インプラントを固定することはできないと判断した。 そこで、段階アプローチによるサイナスリフトを計画した。 段階アプローチのサイナスリフトとは、まず上顎洞の挙上のみを行い、半年程度の治癒期間を待ち、次にインプラント埋入手術を予定することである。 |
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全層弁で歯肉を剥離し、上顎洞を開洞、シュナイダー膜を洞内の骨面より剥離した。
呼吸により、上顎洞粘膜は上下に運動する。 |
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下顎枝から採取した粉砕自家骨と骨補填材を、上顎洞内に填入した。 | |
吸収性のメンブレンで開洞部位を被覆した。 | |
上顎洞挙上後のX線撮影:15ミリ程度上顎洞を挙上した。 | |
挙上した上顎洞内に骨が形成されるまで、6ヶ月間待時した後、インプラントを2本埋入した(ナノ・プリベイル・テーパード4/3×15mm)。 | |
術後の口腔内写真:
左上3本欠損の距離は2本欠損分に相当したので、インプラント2本で補綴した。 |
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プリベイル・インプラントは、プラットフォーム・スイッチングするため、プラットフォーム付近の骨吸収が少ない。
ナノタイトは表面性状も良好で骨結合しやすく、サイナスリフトには、有用なインプラントと考える。 |
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術後の口腔内写真、左上3本欠損の距離は2本欠損分に相当したので、インプラント2本で補綴した。 | |
術後のX線写真:
左上の先天欠損歯に、サイナスリフトを併用したインプラント治療が行われた。 反対側も同様に永久歯が4本先天欠損しており、インプラント治療が将来必要になると思われる。 |
費用について
骨造成 | 55,000円 |
サイナスリフト、ブロック骨移植 | 165,000円〜220,000円 |
※税込表記
骨造成術(GBR)
メンブレンと骨補填材などを用いて、骨を造成する方法を骨造成術と呼びます。
吸収性メンブレンのパッケージ
骨の造成部位に填入される骨補填材や自家骨は、歯肉の侵入を防ぐため、バリアメンブレンとよばれる膜で被覆されます。 歯肉の治癒速度と骨の形成速度をくらべると、歯肉の治癒速度の方がずっとはやいため、メンブレンでバリアしていないと、歯肉が骨の中に侵入して骨の形成が阻害されるからです。 骨造成に使用されるメンブレン(膜)には、吸収性メンブレンと非吸収性メンブレンの2種類があります。
非吸収性メンブレンのパッケージ
骨造成量が少しで良い場合は、吸収性メンブレンを使用します。吸収性メンブレンは数ヶ月で自然に吸収されるため、取り出す必要がなく取り扱いが容易です。 一方、インプラントの同時埋入ができない時など、大規模な骨造成を行う場合は、チタン強化された非吸収性メンブレン(TRメンブレン)を使用します。非吸収性メンブレンは、骨造成されたあとに取り出す必要がありますが、非吸収性メンブレンよりも大規模な造成が可能です。 とくに下顎臼歯部は、骨を造成したあとにインプラントを埋入しなければ危険な場合があります。
チタン強化された非吸収 メンブレン
下顎臼歯部のインプラント埋入では、直下に下歯槽神経があるため、神経に当たらないようにインプラントを埋入しなければなりません。下顎臼歯部には、骨の垂直的な距離が必要なのです。 ですから、骨を造成したあとにインプラントを埋入しなければ危険な場合があります。 下顎臼歯部に大規模な骨の欠損が認められる場合に、チタン強化TRメンブレンを用いて骨の欠損を垂直的に造成する方法を「垂直的歯槽堤増大術」とよびます。
ゴア非吸収性メンブレン
造成した骨が固まり、インプラントの埋入が可能になるまで6~9ヶ月の治癒期間が必要ですが、骨造成後は理想的なインプラントの埴立が行えるようになるのです。
垂直的歯槽底増大術の模式図
側面図 自家骨と骨補填剤を吸収した顎堤の上に填入したのち、TRメンブレン(チタン強化膜)で被覆し、ピンや骨膜縫合で固定、縫合する。 |
断面図 |
症例
TRメンブレンを用いた下顎両側臼歯部垂直的歯槽堤増大術後のパノラマX線写真 下顎の右下76、左下67は両側遊離端欠損であった。前医の指示に従い下顎の入れ歯(両側遊離端義歯)を装着しつづけたため、両側の下顎臼歯部の骨吸収が高度に進み、骨造成なしのインプラント埋入は不可能になってしまった。 |
インプラント埋入後のパノラマX線写真 下顎両側臼歯部垂直的歯槽堤増大術が成功したため、9ヶ月の治癒期間を経て、下顎右下6、左下67に3本のインプラントを埋入した。 |
メンブレン除去前(右側) 垂直的歯槽堤増大術後、9ヶ月経過、TRメンブレン除去前の顎堤の写真(右側) |
メンブレン除去前(左側) 垂直的歯槽堤増大術後、9ヶ月経過、TRメンブレン除去後の骨造成された顎堤の写真(左側) |
骨造成、骨移植
骨移植術
インプラント手術に伴う骨移植術
インプラントを埋め込む場所に、顎の骨が足りないケースはよくあります。むしろ、骨が十分でないことのほうが多いといえます。「歯を失う」ということは、ただ単に歯が抜けてしまっただけでなく、歯を支えている顎骨も同時に失われているのです。骨が足りない場合は、骨移植や骨造成を行って骨を増やさなければインプラント治療は行えないのです。
骨移植の材料
移植をする骨は、自家骨、同種移植材、異種移植材、人工代用骨の4つがあります。同種移植材や異種移植材は、他人や動物由来の材料であるため、日本では使われません。したがって、自分の骨である自家骨、または化学合成された人工代用骨を用いて、骨の造成や移植が行われます。
骨形成能
(材料自体が骨を作る能力) |
骨誘導能
(骨を作る骨芽細胞を呼び寄せる能力) |
骨伝導能
(骨芽細胞を定着させる足場となる能力) |
|
---|---|---|---|
自家骨
(自分の骨) |
○ | ○ | ○ |
同種移植材 | × | ○ | ○ |
異種移植材 | × | × | ○ |
人工代用骨 | × | × | ○ |
自家骨による移植
自分の骨である自家骨は、骨形成能、骨誘導能、骨伝導能という3つの能力をすべて持っており、骨移植材のゴールドスタンダードと呼ばれます。自家骨の主な採取部位は、下顎枝という下顎の親知らずの付近と、オトガイ部という下の前歯の下方です。骨隆起という骨の突出部がある場合は、そこからも採取可能です。
イラストの出典「オール・オン・フォー 進化したインプラント治療」 【金子茂 著/現代書林】(イラスト・写真・文章は著作権で保護されています)
下顎枝からの骨移植
自家骨の採取(下線が長く、切れ目がよくない)
オトガイ部からの骨採取は、下の前歯の根の先端近くからの採取になります。このため、歯の神経を傷つけるリスクがあります。一方、下顎枝という下顎の親知らずの付近は、神経麻痺のリスクが少ないと言えます。このため、下顎枝を優先して骨を採取します。
↑下顎枝からの骨採取:トレフィンバーを用いて、下顎枝をリング状に形成し自家骨を採取します。リングを重ね合わせた形状は車のアウディのマークやオリンピックのマークに似ているため、アウディデザインやオリンピックデザインとよばれます。
自家骨の粉砕(下線が長く、切れ目がよくない)
移植する自家骨の形状には、粉砕骨とブロック骨があります。インプラントの埋め込みと同時に骨を造成する場合は、粉砕骨を利用します。採取した骨をボーンミルという粉砕器で砕いて、インプラントの周りに追加します。
骨が大きく失われていて、立体的な形状を与える必要がある場合に、ブロック骨を利用します。移植骨への血液供給が必要なため、ブロック骨移植の場合はインプラントを同時に埋め込むことはできません。
オトガイからのブロック骨移植
大きなブロック骨が必要な場合は、オトガイから自家骨を採取することがあります。
「インプラントで前歯を治したい」と来院した。
下顎の前歯部に大きな垂直的骨欠損を認めていたため、
垂直的に骨造成をしなければインプラントは埋入不可能だった。
全層弁で剥離して、骨面を露出した。
垂直的に骨が欠損しており、このままではインプラントの埋入は不可能だった。
下方からブロック骨を採取した。
採取されたブロック骨
チタン合金製のスクリューで、ブロックを固定していく。
自家骨ブロック3個を歯槽頂にスクリュー固定した。
減張切開を行い、創を完全閉鎖した。
術後のX-P:3本のスクリューで、オトガイから採取した骨ブロックを固定した。
創の裂開や骨の露出はない。
垂直的に骨量は改善している。
仮歯を取り付けて、インプラント埋入に備える。
移植骨が既存骨と一体化するまで、4~6ヶ月の期間が必要である。
骨隆起からの骨移植
小さな欠損の場合は、骨隆起からも骨を採取できます
骨の突出部を骨隆起と言います。下顎の内側や口蓋(上顎天井)の真ん中や、上顎の奥の外側に骨隆起がある方もいます。その場合は、過剰な骨なのでそこからも採取できます。
↑骨隆起からの骨移植:下顎隆起とよばれる下顎の内側の余分な骨を採り、サイナスリフトの際に上顎洞内へ移植しました。
人工代用骨を使用した骨造成
インプラント治療で用いられる人工代用骨には、ハイドロキシアパタイトやβTCPがあります。
人工代用骨はインプラントと直接は骨結合しません。インプラントは新生骨と骨結合するため、代用骨の間に新生骨を形成させる必要があります。そのため、代用骨の形状は、ブロックではなく粉末状です。
比較的小さな骨欠損には、自家骨は必要ではなく、人工代用骨で十分な場合もあります。人工代用骨のみで骨造成を行うので、インプラント埋入以外の手術はしなくて済みます。
↑抜歯即時荷重インプラント埋入術:悪くなった左上犬歯を抜いた直後にインプラントを埋め込みました。外側の骨が裂開していたため、血液を加えた人工代用骨を填入し、吸収性メンブレンで覆って創を閉鎖しました。